不登校について考えましょう ⑫自己肯定感の芽生え-ぼくを大切にしてくれた

(夏にポルトガルへ行きました。写真は、大航海時代の英雄たちの「発見のモニュメント」)

現在『不登校』について考えています。

第1回は、 「様子を見ましょう」とはどういうこと?

第2回は、 気持ちは、言葉にしなければ伝わらない

第3回は、 子どもや保護者と世間話ができる関係づくり

第4回は、 たくさんの子どもたちが、学校へ行っていないようだけど、どうなってるの?

第5回は、 不登校の理由は、不登校児童生徒自身でも分からない (不登校の特徴①)

第6回は、 不登校の理由は千差万別・十人十色 (不登校の特徴②) について考えきました。

第7回は、 不登校の子どもたちの悩み について考えました。

第8回は、 「不登校」の子どもたちは、学習の遅れを心配している について考えました。

第9回は、 「ひきこもり」になるのでは?という不安 について考えました。

第10回は、 不登校の子は社会性が育ちにくいー思考の偏りの怖さ について考えました。

第11回は、 「なんて」という言葉のもつネガティブな響き について考えました。

そして、今回は前回の 「なんて‥」という言葉を口にする生徒の気持ちへの思いから、生徒たちの自信のなさ=自己肯定感の低さに

ついて考えていきます。 

 

夏休み明け1週間頃に、非常勤スクールカウンセラーとして登校した私は、職員室前で泣きじゃくる小学1年生と出会いました。

その子とのかかわり方を事例として、一緒に考えてみてください。

 

教室へ入れずに泣いている小学1年生とのかかわり

どうやら9月1日の始業式から、教室へ入れない状態が続いているようです。

授業のために、教室へ行かなければならない担任の先生は、困っています。

「どうしました?」と声をかけると、「毎日こうなんです。家に帰るから、お母さんに連絡しての一点張りで‥」と、困り顔です。

どうやら、お母さんに学校まで無理に連れてこられたようで、児童としては納得できず、玄関で泣くと言う行動が、朝のルーティンと

なっているようです。

さらに「訳は分かっていますか?」と尋ねると、「『お母さんに会いたい』『お母さんと離れたくない』としか言わないので、いわゆ

る母子分離不安というものでしょうか」との返事が返ってきました。

そこで、「了解です。では、先生はクラスの授業へ行ってください。私が、しばらく一緒にいます」と言い、職員室前で一緒に座りま

した。

児童は、そのあたりの会話は耳に入っているかと思いますが、てわゆる体操座りをした膝の上に両腕を組み顔は突っ伏したままです。

「あなたとは初めてお話するよね。○○さんと言うんだ。私は、カウンセラーの◇◇です。ちょっとお話するね」と言っても、全く動

きません。

そこで、私が一方的にいろいろ世間話を始めました。

「今日は暑いね」「朝ごはん食べた?私はパンだけど、○○さんのお家はパン?ご飯?」「学校から帰ったら、何やるの?ゲーム?ゲ

ームは強いの?」等と、返事がなくても一方的に話していたところ、(辟易したのか、飽きてきたのか)児童の身体が顎きました。

いくら、子どもとは言え、同じ姿勢を続けることは疲れるかと思います。

まずは「ここで話したもいいけど、カウンセラーさんのお話する部屋があるから、そこで話さない」といっても、動きません。

そこで、そのままの態勢で「ねぇ、お家では何人で住んでいるの?ママと君の二人だけ?」と尋ねると、突っ伏したまま頭を振るの

で、「ありがとう。そうやって教えてくれるとうれしい。助かる。じゃ、いろいろ訊くので、頭で教えてね」と言い、「パパがいる」

うなづく「君は一人っ子」振る「お兄ちゃんがいる」振る「お姉ちゃんがいる」振る「弟がいる」うなづく「そうか。君はお兄ちゃん

なんだね」うなづく。「妹もいる」振ると言った状況から、まずは家庭のアウトラインが分かりました。

次に「お誕生日はすんだ」振る「お誕生日はもうすぐ」うなづく。さらに「お誕生日にはケーキ食べる」うなづく「ケーキは何が

好き?ショートケーキ」うなづく「ショートケーキのイチゴはいつ食べる?初め」振る「最後に食べる」うなづく「じゃあ、君が最後

に食べようととっておいたイチゴを、お父さんが『どれどれ、○○はイチゴが嫌いなのかい。お父さんが代わりに食べてあげよう』と

言って食べちゃったら、どうするの」と言ったところ、顔を挙げて「そんなのはダメ」と言いました。

素晴らしい変化です。

一方的に話していた私に辟易として、彼の心の中に「話したい」という気持ちがこみ上げてきたのではないでしょうか。

その時、3限終了のチャイムがなり、子どもたちが運動場へ出て遊び始めました。

児童の心の中が少しざわついてきたと思います。

この機を逃さず、「どうして教室行きたくないの?①教室に嫌な子がいる ②先生が怖い ③へんな見知らぬ人と話しているのがいや

④早くママにあいたい ⑤それ以外 のどれ?」と尋ねると「②と④」という答えでした。

そこで、「ママはお仕事へ行くよね。仕方ないじゃん」と言うと、「行ってほしくない」と返答。さらに「でも、ママがそのお仕事が

大好きでやりたいと思っていたら、協力してあげられないの?」と尋ねると、「嫌だ。お仕事やめて一緒にいてほしい」との返事でし

た。

その時、休憩時間終了のチャイムがなり、多くの子どもが教室へ戻っていきます。

そのわいわいがやがやとした雰囲気の中で、多くの子どもや先生の「行こうよ」という流れで、児童は2階の教室まで上がることがで

きました。ただ、廊下にいて教室の外から、授業をのぞくことになりました。

児童は、内心教室の中の様子やみんなの表情が見たくてたまりませんが、「入らない」と言ったてまえ、外でぶつぶつ言っています。

そのため、私が教室の後ろにはいり、教室内外に掲示してある児童の作品について感じたことを言ったり、児童の情報についてあれこ

れ話し、児童も会話を続けるようになっていました。

その時は、国語の授業でカタカナの書き方について、先生が教えていらっしゃいました。

そうした内容について、「これ知ってた?」とさまざまな質問をすると、幸い知っていたことについては、ちょつと自慢げに言葉を交

わすようになってきました。

その時、授業終了のチャイムがなり、給食の時間となりました。

そこで、「さぁ、給食は教室でたべよう」と声をかけたところ、児童は急に走り出し、階段を駆け下りていきました。

あわてて追いかけると、靴箱から自分の上靴を取ってもどってくる児童と出会いました。

「給食を食べるために、教室へ入るから靴取りに行ったんだ」と声をかけると、「うん」とうなづき、給食準備のこえをかけている担

任の先生に連れられて、教室へ入っていきました。

 

今回の私のかかわり方が、果たして最善だったのかは分かりません。

「母子分離不安か」といった原因は、何も解決していません。

また、結局2時間、この児童にかかりっきりになりました。

学期はじめで、緊急の相談案件がなかったので、それだけの時間をかけることができました。

正直、いつもいつもできることではないかと思います。

でも、もし時間的物理的に可能ならば、たまにはこれくらいの時間、手間暇をかけてあげることも大切ではないかと考えました。

もちろん、この児童だけにではなく、すべての児童に対してのことですが‥

学校には、やるべきこと、やらなければならないことがいっぱいあります。

しかし、一人一人の子どもを大切にする以上に大切なことってあるのかなぁと、この児童と関わりながら、考えました。

まだまだ私が知らない、この児童の家庭環境や友人関係、また学力などさまざまな要素があるかとは思いますが、彼に寄り添って、彼

が話きっかけをつくり、彼が自分の話をした。そして、私がその話を聴いたことで、かれの心の中に「自分が大切にされた」という思

いが生まれたのではないかと思っています。

もちろん、これから紆余曲折があると思いますが、そうした試行錯誤の繰り返しの中で、児童の心に「自己肯定感」の芽生えが生じて

きたのではないかと思います。

そうした、子どもの「自己肯定感」の育ち方・育て方から、不登校について考えていきます。

 

 

こうした身近な問題をもとに、参加者全員で話し合ったり、ロールプレイでスキの練習をしたりする会【コミュニケーションカフ

ェ】を開いています。

リアルでもOnlineでも開催しています。

次回のリアルは、10月17日に行います。

詳しくは、このHPのトピックスをご覧ください。