不登校について考えましょう ⑪「なんて」という言葉のもつネガティブな響き

(現在大阪で話題となっているフェルメール展。前回東京で観た時に、図録を入れてもらった袋です)

現在『不登校』について考えています。

第1回は、 「様子を見ましょう」とはどういうこと?

第2回は、 気持ちは、言葉にしなければ伝わらない

第3回は、 子どもや保護者と世間話ができる関係づくり

第4回は、 たくさんの子どもたちが、学校へ行っていないようだけど、どうなってるの?

第5回は、 不登校の理由は、不登校児童生徒自身でも分からない (不登校の特徴①)

第6回は、 不登校の理由は千差万別・十人十色 (不登校の特徴②) について考えきました。

第7回は、 不登校の子どもたちの悩み について考えました。

第8回は、 「不登校」の子どもたちは、学習の遅れを心配している について考えました。

第9回は、 「ひきこもり」になるのでは?という不安 について考えました。

第10回は、 不登校の子は社会性が育ちにくいー思考の偏りの怖さ について考えました。

 

そして、今回は前回の「社会性が育ちにくいー思考の偏りの怖さ」の結果、不登校の子どもたちの中に生じる「ネガティブな考え方➡

自分に自信を持てない(自己肯定感の低さ)」について、考えていきます。

昨年度まで、大学で教員を目指す学生さんたちに、「特別活動」や「生徒指導」についての授業をしていました。

授業終了後、各自が「振り返りシート」に記述し提出するのですが、中には(私がスクールカウンセラーをやっていることを知ってい

るので)さまざまな相談や授業とはあまり関係のない話題も書かれています。

返事?私の考え?を書き、返却するのは結構大変ですが、興味深くもあります。

その中に、こんな記述がありました。

大学生Bさんからの相談

大学生になってからの友人にAさんがいます。彼女とは初対面でしたが、選択する講義がよく重なっていたので、時々話すようになりました。おしゃべりでお節介な私と違って、彼女は無口で、あまり意見を言いません。「昼ごはん、一緒に食べようか」と誘うと「うん」と言うので、一緒に学食で食べたり、お弁当を持ってきて教室で食べたりするようになりました。彼女といて、何も問題はなかったのですが、このごろ「何かへん」と思うようになってきました。今までのことを振り返ってみると、たいていのことは私が決めています。それが嫌というわけではないのですが、「いつも私が決めていいの?」という気持になったので、「いつも私が決めているけど、Aさんはそれでいいの?Aさんの考えも教えてよ」と言ったところ、「えっ、私は○○さんが決めてくれることでいつもいいと思っている」と言うのです。初めは、そんなことを「あれっ?」と思うくらいでしたが、先日の授業で、先生の質問へのAさんの答がすごくよくって、日頃あまり褒めない先生からも、すごく褒められて‥授業後、「Aさん、すごいね」とほめたら、「そんなことない。偶然答えが当たっただけ」と言うので、さらに「そんなことない。先生だって感心していたじゃない」と言うと、「偶然。私なんて学校休んでいたし‥私なんて‥」と言うのです。Aさんと同じ中学校だった人から聞いた話では、中学2年のときにちょっと不登校な時があったみたいです。その言葉が気になってしまって、それからAさんと話すと「私なんて‥」という言葉が耳に残るようになり、正直ちょっと苦しくなってきました。Aさんのこと、嫌いになったわけではないですが、どうすればいいでしょうか。

 

みなさん、どう思われますか?

小さな子どもたちと毎日接していると、「ウザイ」「キモイ」「ムカつく」という言葉を、よく耳にします。

本人たちは、何の考えもなく使っていることが多いのですが、「言われた相手がいやな思いになるから」と言う理由で、そうした言葉

を「学校では使わないようにしよう」と、指導されている先生もいらっしゃいます。

AさんとBさんの付き合いでは、そんな言葉は出てきませんが、Aさんがよく口にする「私なんて」という言葉は、気になります。

「私なんて」は、日本人固有の「謙遜」「謙虚さ」との考え方も以前はあったようですが、はたしてそうでしょうか。

昨年、「舟を編む」というTVドラマを見ました。

若い女性編集者が辞書を作成するという仕事を通して、人間的に成長していくという話でしたが、その彼女の口癖が「○○なんて」で

した。

恋人のカメラマンが彼女の意に反して、撮影に行こうすると「写真なんて」「海なんて」と言うのです。

それに耐えられずに。彼は彼女のもとを去るのですが、その時彼女は初めて「なんて」という言葉のもつネガティブな意味に気づくの

でした。

Bさんが、Aさんの「私なんて」という言葉が気になり(おそらく鼻についてきて)、Aさんと一緒にいることが辛くなってきたのも

同じことと分かります。

そのことについて、BさんがいろいろAさんに話しても、Aさんは「なぜいけないのか」「なぜ相手が気にするのか」が分からないの

ではないかと考えます。

長い時間かかって、Aさん自身のさまざまな生活体験を通して(この中には中学時代の不登校の歴史も入ることでしょう)、Aさん

培ってきた自分自身の性格・クセです。

そんな簡単に、変わっていくはずありません。

毎日の関わりを通して、「なんて‥を使わなくてもいい」と実感することで、Aさんは「私なんて」と言わなくなると思います。

そして、AさんのBさんへの信頼とともに、AさんのAさん自身への信頼が育っていくことと考えます。

この「AさんがAさん自身を信頼する」ことは、Aさんの自己肯定感が高まったことになるわけです。

 

不登校をその表面上の事象ばかりでなく、関係した子どもたち(大人も含めて)の言動や気持ちも含めて考えることの大切さ、逆に言

えば恐ろしさを分かっていただけたのではないかと思います。

次回は、今回の「なんて」といったネガティブな気持ちから、自己肯定感について考えてみたいと思います。

よろしくお付き合いください。

 

こうした身近な問題をもとに、参加者全員で話し合ったり、ロールプレイでスキの練習をしたりする会【コミュニケーションカフ

ェ】を開いています。

リアルでもOnlineでも開催しています。

次回のリアルは、9月19日に行います。

詳しくは、このHPのトピックスをご覧ください。