【子どもの心 若者の心 そして‥】1 関係性が深いほど、『正論』は言えない?
北海道支笏湖から見た、2024年初日の出です。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
さて、昨年までは一つのテーマについて、何日か何週間か何か月かの続き物を掲載しておりましたが、どうしてもタイムラグが生じてしまうた
め、今年は1回での読み切りを毎週金曜日に掲載していこうと考えています。
内容は原則的に、私が直接見聞きした感じた子ども・若者の心についてです。
ぜひ、お付き合いください。
今回は、大学生のなかなか複雑な心理についてです。
現在、大学で教職課程の「特別活動」「生徒指導」を、教員を目指す学生さんたちに教えています。
火曜日の4限には日本語学部や情報学部の3年生、5限には外国学部の4年生が受講しています。
私としては、ほとんど同じ内容を教えているつもりですが、授業後に提出する「振り返りシート」の記述内容が、全く異なります。
どのように異なるかというと、3年生の記述内容に比べて4年生の内容が深まっているということです。
このことについては、事務の方々と話し合いったところ、「就活したから、少しは世の中が見えてきたかも」「採用試験で苦労したから?」とい
うご意見でしたが、私も同感です。
やはり、「艱難汝を玉にす」は正しいのでしょうね。
問題はそこからです。
先日、教員が取り組む「教育相談」の授業で、デモンストレーションを行いたいと思い、「私が先生役をやるから、誰か生徒役をやって」と頼ん
だところ、4限の3年生のクラスではすぐに立候補者が現れ、時間内に取り組むことができました。
しかし、5限の4年生のクラスでは、立候補者が現れず取り組むことができませんでした。
「えっ、どうして?」と、私としては驚きでした。
しかし、よく考えてみると、その兆候は以前から見られました。
質問をしたときに、『正解はこれしかない』といった鉄板の解答があるときには、多くの挙手がありますが、『うーん、確かに考え方によっては
様々な答があるなぁ』と思われる時には、なかなか手が挙がりません。
そして、もう一つ気づいたことがあります。
それは、5限の受講者はほぼ全員が外国学部であり、そのため関係性が深い?強い?のです。
それまでは、『関係性が深く、いつも群れていて仲良くしているから、話し合った結果の答もたくさん出てくるだろう』と簡単に考えていました
が、ことはそんなに簡単ではなかったわけです。
そして、ある学生はこんなことを書いていました。
「私は、留学をしていて、留学先のアメリカでは。私自身も意見を言ったり、周りの日本人も積極的だった。しかし、日本に帰ると、とても息苦
しく感じる。周りが発言しないこともそうだが、正解しなくてはという焦燥感と緊張が、それを感じさせるなと思った。」
そうなんですよね。
「今日のランチどうする?」的なこと(とっても軽い自己開示)では、大いに話が盛り上がるのですが、親しいがゆえに「重い内容」について
は、人前で発言できない。
「私は○○と思うが。それを言うとみんなはどう思うだろうか」といった自己規制のブレーキがかかるのでしょうね。
「じゃあ、あのいつものノリノリの関係性は虚構?むなしくない?」とも思いますが‥
それは、世の中が熱かった時代に学生であった私の価値観かもしれません‥
みなさんは、あなたはどう思われますか?
こんな感じで続けていきます。
よろしくお付き合いください。